成田空港から空の旅へ

2014年1月 アメリカまで約12時間 飽きて来た頃シカゴ空港へ無事着陸 正月開けでもまだ空港内にクリスマスの飾り物がある 寒波の影響で国内線に乗り換えるはずの便が欠航で別の便を取り2時間程の乗り継ぎが6時間程待ちに成った それでもなんとかアトランタへ向け飛び立つた 同じツアーの人で別の都市に向かいそこから又乗り換えでアトランタへ行った人たちもいた

シカゴで国内線乗り継ぎが違う便になり時間が余ったので昼食にマックを食べ日本のマックとの違いを体感してみた 味はあまり違いは無く肉が少し大きいのと厚いぐらい コーラやポテトも大い 価格は外税で税込み7ドルくらい

アトランタ空港着陸前 空が夕焼けで染まり綺麗な空が見られた アトランタ着は夜になってしまつた 

今日からアメリカ観光の始まり 朝から雨 午前中は強い雨 少し小降りに成ったときキング牧師歴史資料館へ

キング牧師が暗殺された後埋葬のため遺体を運ぶ荷馬車?や牧師にまつわる資料 黒人 黄色人種の人種差別などの当時の資料を見る

キング牧師の墓 墓の周りが池になっている 中にコインが投げ込まれている 

風と共に去りぬの作者マーガレットミッテル女史の自宅(2度程放火に合い当時の物はほとんどなく 当時の時代の物で使用していた物)を展示していたが 世界で2番目に売れた(読まれた)作者の自宅としては(アパート)小さいので驚く

バスでナッシュビルに向かう途中良く見かけるトラック(日本ではトレーラー)が休憩場所に泊まっていたので映す 日本の大型トラックとの違いはボンネットがある事 アメリカ(南部の一部しか見てないが)の車のほとんどがボンネット車 トラックは運転席の後ろがすごく広い

夜 アメリカカントリー音楽を聴きながらの夕食

今日は天気が良く成る ナッシュビル センテニア公園 写真の塔の上にベルが付いていて10時に成ると時間に合わせテネシーワルツの曲が鐘の音で奏でる

デイトリック地区は日本の伝統的建造物保存地区のよう 古い町並みにバーレストランが立ち並び度の店でもビールを飲んだり食事をしたりして生演奏を聴く リクエストは1曲5ドルぐらい 外でもギターを持ち演奏する人がいるがこの人たちのりクエストは安い様だ?

午後バスでメンフィスへ移動 約4時間程掛る ここはブルースの本場 夕食はBBking club  有名ライブハウスでレストラン スペアリブとバーボンウイスキー どちらも美味しい 大きすぎて小食の私には食べきれない 食後夜の街をぶらつく 

メンフィス 

プレスリーが18歳のとき母親にプレゼントするために初めてレコードを作ったサンスタジオ

メンフィス マーチン.ルーサーキングjr牧師が暗殺されたロレインモール

此の建物の3階の部屋からライフル銃で狙う 私が見た所おおよそ200mm程はあると思われる こんな距離で1発の銃弾で狙えるとは私には考えられないが そこは銃の国アメリカなのかと思わせる

グレースランドにあるプレスリーの大邸宅 家の内にはプレスリーが過ごした居間 寝室 所持品 レコードや舞台衣装などなど、広大な屋敷内には公演のため移動に使う自家用飛行機 車などもある。

プレスリーの本人の墓(左から2番目)や両親の墓もあった

この列車はシカゴからニューオリンズまで走っている大陸鉄道で日本だと(JR)  日本とホームの仕組みが違いホームの高さ30センチ程 総2階建てで乗る時は移動式踏み台で列車に入る 乗ったのはメンフィスからニューオリンズまでだが8時間かかる 列車のシートは広く身長の低い日本女性だと足掛けに足が届かないがシート下からオットマンが出るように成っていた 列車内には食堂車やテールームなども備わり列車から列車に移動する時両手で荷物を持つている時はドアー下部分を蹴ると自動ドアーが開く仕組み

まだ暗いうちメンフィス駅で列車から降りて来た婦人が迎えに来た男性と再会の喜びだろうキッスをしていた

ニューオリンズ駅到着 駅構内のポスター写真はルイアームストロングか

ニューオリンズのフレンチクオーター バーボン道りでプラスチックバケツを太鼓変わりに叩く黒人 二ツあるうちの一つは聞く人はチップを入れるためのバケツ 通りがかりに聞こえるが うまい 英語で何か行っている ここの英語は全部つながり切れ目が無い 意味不明 どうもお金を払わないで聞くのは泥棒だ と言っ                ている様だ

ニューオリンズは日本の繁華街で同じ様な所だと新宿が一番合うのではないかと思う 一番の目抜き通りはバーボン通り 歌舞伎町の様な所 建物は新宿の方が高い バーボン通りは4階建てぐらいで築100年以上たっている              どのバーもレストランも店内で生演奏をしている 写真の様な店もかなり多い 夜中2時でも音楽が聞こえる街

バーボン道りの夕方からは車両通行止め 通り入り口は騎馬警官が警備にあたっていた アメリカは治安が悪いのでお金、パスポートには気を付ける と言われたが 思っていたよりも危険ではないように思う 初めてのアメリカ本土 それもツアー旅行だからかも知れない 他のツアーの人たちは早くホテルに帰った様だが私は家内と2人きりで夜遅くまでブラブラしていた

ジャクソン広場からセントルイス大聖堂

バーボン通りは100年以上前に立てられた建物がほとんどでテラスのフェンスは鉄で出来ており同じデザインの物は無いとの事 時代が古い物は手作りで新しい物は鋳物と言われた

オークアレイプランテーション 南部で奴隷を買い働かせ綿花栽培で財をを成し大きい屋敷を構えた豪邸 今は残っている豪邸は少なく観光用になっている

ミシシッピー川で観光船クルーズ 此の船内もレストラン バーになっていて食事をしたり お茶やお酒を飲んで生演奏のジャズを聴く

夜のバーボン道り閉店した灯りの灯る店先で路上ライブ この人達はリクエスト1曲1ドル 私も1ドルで1曲演奏してもらい写真も撮らせてもつた

飛行機の中からマイアミの撮影 ニューオリンズ空港からシカゴへ行きシカゴ観光のはずがシカゴの寒波の影響で10日たつても国内便が乱れていて乗るはずの便が運休 仕方なくマイアミまで行き国内線乗り継ぎでシカゴへ行く シカゴ観光がが無し シカゴ1泊後成田行きの空の長旅